初めての保健師実習・家庭訪問
保健師学校でもやはり実習はある。でも看護実習とは違い、保健所や市町村の保健センターなどの役所で実習をするのだ。
なぜ役所なのかというと、保健師が働く主な職場に、役所がある。看護師が病院で病気の人の看護をするのだとすると、保健師は地域で生活している健康な人や自宅で療養をしている人を対象に保健活動を行なうのである(このことを地域看護という)。
この他にも保健師が活躍する主な分野として、企業で働いている人の健康を守る産業保健などがある。看護師とはまた違った視点で人に関わっていくのである。
1年間の授業の合間に、これらの実習に行くのである。入学して2ヶ月目くらいの確か5月だったろうか。初めての地域保看護学の実習に行かされた。23区内の保健所あるいは保健センターの仕事の一環である、母子保健の家庭訪問を実際行なってみるというのだ。
事前にちょっとした説明と予習ががあっただけで、いきなり産婦さん(赤ちゃんを産んで退院したばかりの人)のところに、たった一人で家庭訪問するのだ。家庭訪問し、保健師としてお母さんの相談に乗ったり、必要なアドバイスや情報を提供してこいというのだ。先生方も随分思い切ったことをさせると思った。
“保健師バッグ”という、家庭訪問に必要な物品が入った大きなバッグを持たされ、右も左もよくわからない保健師の卵が家庭訪問するのだ。これはかなり緊張した。お母さんになったばかりの人に、お母さんになったことのない私が、一体どんなアドバイスができるというのだろうか。
その家庭訪問に行く前に、自分で必要だと思われる知識や情報を書き込んだ手帳を作り、それを握り締めて家庭訪問する。この手帳さえあれば大丈夫!というように完璧に造っていかなければならない。だって何を相談されるかわからないからだ。
それと大きな保健師バッグの中には、なぜか古臭い、天秤のような体重計が入っている。これで赤ちゃんの体重を量れというのだ。あまりにもレトロな体重計・・・。学生にわざと苦労をさせようとしているのかといった代物だった。
こんな危なっかしいもので生まれたばかりの赤ちゃんの体重を量るのはとても怖かった。赤ちゃんを落としたらどうしよう。とにかく緊張した。
そして、いよいよ家庭訪問当日がやってきた。緊張しながら見ず知らずのお宅に訪問した。いかにも若い夫婦が住んでいそうなアパートに、私よりも若いようなお母さんが赤ちゃんといた。とにかく、学生と言えど私は一応その役所から派遣されてきた保健師の卵だ。責任も多少ある。ウソはったりは良くないが、ある程度プロとしての堂々とした姿勢がないと、家庭訪問されたお母さんがかえって不安になるだろうと思いながら、なるべく明るく落ち着いているふうを装ってお母さんに挨拶した。
家庭訪問は、事前の緊張や不安のわりには、あっけないくらいスムーズに、そして和やかに進んでいった。恐怖の体重測定も、赤ちゃんを不安定な秤に乗せ、あまり床から体重計を持ち上げず、「あ、○sですね」とあっという間に終わりにした。多少違っていても、落とすよりはいいと思ったのだ。
私が家庭訪問したお母さんは、私を保健師として期待していたわけではないのか、あるいは相談するような深刻な悩みがなかったのか、主にお母さんのたわいもない話を聞く、というだけで終わってしまった。
家庭訪問が終わった時は、とてもほっとしたのを覚えている。先生たちは私たちにこれで度胸をつけたかったのか、保健師としての自覚を持ってほしかったのか、こんな私達を家庭訪問させるなんて、ある意味先生たちも勇気があるなーといった感じの実習であった。
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